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わたしは片想い

今,3つの対象に片想いしています.

1つめは,叔父として二人の姪っ子に片想い.
たまに会った時に,初めはうじうじしているけれども,やがて前に向けてくれた笑顔をまた向けてくれる.
そんな姪っ子達が愛おしい.
来年は,ようやくお年玉があげられそうだ.

2つめは,ある方に片想い.
色々あったけれども,今も応援してる.
あのことについて,心の負担になってはいないだろうか.
こんな自分は自分勝手な人間ではないだろうか.

3つめは,学生に片想い.
自分の好きな学問だから,魅力を知ってもらいたくて全力で授業に向かっている.
皆,理解してくれているだろうか.今はまだ自信ない.

実験レポートの感想欄は文通欄.
皆の頑張りを,工夫を,ひらめきを,出来るだけ褒めてやりたい.
汚い字だけれども,ぜひ読んでほしい.

親が子を思う情はいつの世にも、『永遠の片思い』である」(読売新聞編集手帳の広告)というけれども,
教員の学生に対する片想いも,永遠の片想いなんだと思う.



どの片想いも,見返りなんてなくっても良い,嫌われても良いから,応援し続けたいと心から思う.
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テーマ : 伝えたいこと
ジャンル : 日記

「何をやるか」より「どうやるか」「どう楽しむか」

明日5/5、明後日5/6と部活の引率のため、今日5/4は何をして過ごすか数日前から悩みあぐねた。
氷ノ山登った後鳥取砂丘見に行って、鳥取シネマで最終日のけいおん観る、
と決めていたが、天気が悪くなるということで断念。

結局安上がりにするために近所のカラオケにした。

カラオケ歌い始めて1時間経過、天気が案外持ちこたえたために凄く後悔した。やっぱ行っておくべきだったかと。
救ってくれたのは郷ひろみの「お嫁サンバ」「2億4千万の瞳」サザンの「マンピーのG☆SPOT」吉幾三の「おら東京さ行ぐだ」だった。

スタンディングでノリノリで歌っていたら額に汗が滲み出して、面白くなってきた。
カラオケ来て良かったな、と思えた。

カラオケのフリータイム、途中で満室で追い出されたのが13時。
その後ジョギングの服装に着替えて天の真名井へ。
米子をさらに知ることが出来て良かったと思えたのはブログで触れた通り。

何をするか、よりもどうやるか、どう楽しむかが大事なんだと再認識。

それはそうとて、明日は部活の引率…。
仕事とはいえ、代休が取れるとはいえ、やっぱGWが削られるのは痛い。
早起きもしないと…。まあ、楽しみを見つけて。

心の一服はこれまで。

これまで工学系の博士後期課程の学生として研究を長らくやってきて、将来についてずっと悩んできた。

―――自分は何をして食べていくのか?

上手くいっていれば研究開発職だったはずだが、有り体に言えば、博士後期の学生ならば一度は罹る病に自分も罹り、3年間の大部分、研究に情熱を注げなかった結果、研究開発職ではなくなってしまった。
研究をもっとしようと進学したのに、研究の壁の前に立ち往生し、研究が嫌で嫌で仕方がなくなった。
なのに、将来の進路について考えることを避けていた。やりたいことも見出せなくなってしまった。
外見が大人の子供、モラトリアムそのものだった。

周りはとっくに社会人になり、財を築き、家庭を持つ者が多くなる中で自分はどうなのだ、何もない人間なのではないかと思った。
無力感が増大し、何かに没頭している人に嫉妬し、情熱的に自分の仕事を語る人を嫌悪さえした。

こんな自分では駄目だから退学しようと何度も思い、相談したことも何度かあったが、その都度思い留めてきた。
理由は

・両親に申し訳が立たない
・お世話になった人達に申し訳が立たない
・D論をまとめられるのは自分だけ、中途半端にしたくない
・やりたいことが見出せなかった
・ネガティブな理由で止めるとその先も同じようなことに悩まされると思った


そんな消極的なものだった。




元々、博士後期課程に進んだのは、
多くの人が博士後期課程に進む理由として挙げる大学の先生(アカデミア)、研究者ではなく、

・自分がこれまで学んできたことを無駄にしたくない
・学生の課程を最後まで究めたい

と思ったから。
目的が不明確かつ意志が強くなかったから、退学が頭から離れなかったのだと思う。




心の弱さは、今は虚勢を張れるほどに回復した。
どうしたか。

・駄目な自分を認め、自分を見失わないようにした
(自分の能力はすぐには改善しない。ずっと改善しないかも知れない。だけど、努力している気持ちが大事)

・日々の行動の一つ一つに意義を感じるようにした
(抑鬱傾向は木を見て森を見ず、自分が無価値という考え方は短絡的な思考から来るものだと思う。だから足元を見ればぐらつくことはなくなる)

・自己主張をするようにした
(ブログを始めたり、amazonレビューを始めたり)

・体が健康である自分はそれだけで価値があると思うようにした
(隣の芝生は青い、他人と比較するのは止めて自分のみを評価するようにした)

時間に後押しして貰う形で始めたことでTOEICがある。
就活時、エントリーシートに英語のスコアを書くこともあるだろうと勉強したが、
結果的に事前の自己評価よりも高い点数だった(世間的にはさほど高くはないだろうが)。
勉強した分だけ点数が上がるという感覚は、怠慢を重ねてきた頭には新鮮で、大いに刺激になった。




周りからの支えのお陰で何とか研究は進んだ。
学術論文も修了要件に達した。
当たり前だが、歩みを進めればその分だけ進むのだ。
例え亀でも、進んだ分は結果として残るのだ。

但し、歩みが遅すぎた。
周りからの励ましがあって心が復調しても、根本的な意志の弱さは心を長持ちさせない。
相談を持ちかけないと研究を進めないのに、その相談が出来なかった。
首の皮一枚のプライドが邪魔をして、馬鹿になれなかった。なり続けることが出来なかった。




やがて時間がやってきて、避けていたことに対しても指針を見出さなければならなくなった。

―――自分は何をして食べていくのか?

やっぱり研究か?キャリアプランの自己啓発本を読みあさって色々考えたが、考えが纏まらなかった。

ここで、けいおん。
「けいおんは生きがい」とはよく言ったもんだが、自分も満更ではない。
研究やつまらん感情に苛立ち、悩まされている中で、けいおんは唯一といっていい癒しであり続けている。
こんなことを述べて、自分でも精神年齢が低い、幼稚であると思うけれども、正直な気持ちだ。

自分なりの準備を経てライブに参加した結果、自分はまだ心底熱くなれるんだなと感じると共に、改めて学んだことがある。

・自分から意志を表明しないと誰も何も動かすことは出来ない
・自分が楽しいと思うことをすることが大事
・決心、納得して行動することは力になる


研究をやってきて、嫌なこと・辛いこと・面倒なことでもその中に楽しさを見つけて続けられることも学んだ。
だから、恐らく研究開発の仕事でも出来ると思う。
しかしながら、そんな消去法的な決め方でいいのか?

これまでの経験から、あれこれ考えずに、シンプルにこれからを考えるに至った。

☆これまでの自分を認める。今の自分も認める。
☆一度だけの人生なのだから、楽しいと思えること・やりたいことをやる。
 やりたいことをやれるように努力する。
☆失うものなどないのだから、臆せず積極的に行動する。
☆行動の結果に責任と自信を持つ。


以上の点を柱にして就活を進めていこう。これからを歩んでいこう。
大丈夫、これからだ。
プロフィール

アンチモン

Author:アンチモン
6年目高専教員です。博士(工学)。
高専教員になりたい人は、コメントいただければ必ずレスいたします。



Welcome! Please take a little break.

I am sorry this blog is written by Japanese totally.

But, If I can get some comments in English, I am willing to response.



とりあえず一服して、ちょっとずつでも前へ進んでいこう。





訪問ありがとうございます!
(2011/05/29 newly established)


Contact to me: k.on.come.with.me<@>gmail.com

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